フッ素コーティング塗膜の硬さを表す鉛筆硬度とは?—鉛筆硬度の詳細と鉛筆硬度試験の全貌

はじめに

フッ素樹脂コーティングは、滑り性や撥水性、耐薬品性など優れた特長を持ち、食品機械から工業部品まで幅広く使われています。その性能を正しく理解するには、表面硬さの評価が欠かせません。コーティングがどの程度の力で傷付くのかを測る手法として「鉛筆硬度試験」があり、身近な鉛筆を使って簡便かつ定量的に硬さを比較できるため、国内外で広く採用されています。今回は、この鉛筆硬度試験の手順や解釈について公式文書を参考にしながら詳しくご紹介します。

鉛筆硬度とは

鉛筆の芯は、黒鉛と粘土を焼き固めることで作られている。硬度記号は芯の濃さと硬さを表し、Hは“Hard”、Bは“Black”、Fは“Firm”を意味する。黒鉛が多いほど芯が柔らかく色が濃くなり、粘土が多いほど芯が硬く色が薄くなる。HB の芯は黒鉛約7割:粘土約3割の割合で構成される例が示されている。日本工業規格 JIS S 6006 では、鉛筆芯の硬さを 6B〜9H の17段階で区分定義しています。中心硬度はHBであり、硬さの科学的な絶対値は定義されていない。これらの硬度記号はペンシル硬度試験にそのまま適用され、塗膜の表面硬さを相対的に評価する尺度となります。

表記の意味

資料では、硬度記号は芯の濃さと硬さを表すもので、次のように意味付けられている。

  • HHard(硬い)…数字が大きいほど硬く薄い線になる。

  • BBlack(黒い)…数字が大きいほど柔らかく濃い線になる。

  • FFirm(しっかりした)…H と HB の中間で、細かい筆記や一般筆記に適している。

  • HB:H と B の中間。バランスの取れた硬度で一般的な鉛筆として最も広く使われる

試験の原理

塗膜に鉛筆芯を一定角度・荷重で押し当て、傷がつくかどうかを観察する方法です。日本塗料検査協会による「塗膜硬度(鉛筆法)」では、 6B〜6H の鉛筆を順番に使用し、 硬い鉛筆から順に擦り付けて傷が付かなければ次の硬さの鉛筆で試す という手順で行います。塗膜に傷を付けない最も硬い鉛筆の硬度が、その塗膜の鉛筆硬度となります。

準備〜測定の手順

以下はJIS K 5600‑5‑4および日本塗料検査協会の手順を基にまとめた工程です。

1. 試験片の準備
  • 試験片は平坦で十分な厚み(10 µm以上推奨)の塗膜を形成した金属片などを用意します。

  • 温度 23 ± 2 °C、湿度 50 ± 5 %RH の環境下に30分以上放置し、試験条件を安定させます。

2. 鉛筆の準備
  • 筆記用の鉛筆ではなく、硬度試験専用(JPIA認証)の鉛筆を使用します。一般の鉛筆は書き味や折れにくさを重視しており、芯外周の硬さが一定でない場合があるためです。

  • 特殊なシャープナーで芯を円柱状に削り、長さ5〜6 mm程度出します。

  • #400程度のサンドペーパーに対し、鉛筆を直角に立てて芯先を平坦に整えます。削り過ぎないよう注意します。

3. 試験装置の設定
  • 鉛筆を試験治具に固定し、先端が試験面に対して 45°±1° の角度になるようにします。

  • 荷重は 750 ± 10 g に調整します。

4. テストの実施
  • 一番柔らかい鉛筆(6B)から試験を始め、試験片上を 0.5〜1 mm/s の速度で約7 mm押し付けます。

  • 傷が付かなければ1段階硬い鉛筆に替えて繰り返します。

  • 傷が付いた最初の硬度より1段階柔らかい鉛筆が、その塗膜の鉛筆硬度となります。

  • 2回以上繰り返し、結果が一致することを確認します。

5. 判定と記録
  • 傷は肉眼または10倍程度のルーペで観察します。変形・押し跡・亀裂の有無を確認し、判断が曖昧な場合は軟らかい鉛筆に戻って再試験します。

  • 記録例:「硬度3Hと4Hの中間 (3H/4H)」「4H - 可」など、試験回数と判定結果を明記します。

試験条件と器材の注意点

 

  • 環境条件…温度23 ± 2 °C、湿度50 ± 5 %RHの標準条件で実施する。

  • 鉛筆…日本塗料検査協会認証の三菱ユニ鉛筆など、公称硬度が保証されたものを使用します。

  • 荷重と角度…規格で定められた荷重と角度を厳守します(45°±1°、750 ± 10 g)。

  • 試験スピード…0.5〜1 mm/sの一定速度で引く。

  • 評価…傷の有無は視覚的な判定であるため、照明条件や観察者の経験が結果に影響しやすい点に注意が必要です。

鉛筆硬度の分類

JIS S 6006の硬度記号一覧は以下の17段階で構成されています。

柔らかい ↔ 硬い 区分記号
非常に柔らかい 6B, 5B, 4B, 3B
やや柔らかい 2B, B
標準 HB, F
やや硬い H, 2H, 3H
硬質 4H, 5H, 6H
非常に硬質 7H, 8H, 9H

硬度記号の順に、芯の硬さは6Bから9Hまで連続的に増加し、反対に9Hから6Bへ向かうほど線の濃さが増します。

 

 

鉛筆硬度と「引っかき傷」の身近な例え(JIS S 6006:6B~9H)

硬度 膜の特徴(コーティング視点) 主な用途(例) 身近な例え(何で傷がつくか)
6B 厚膜・柔軟性大。応力吸収性が高いが摩耗に弱い。 粉体付着防止膜 爪で軽くなぞると跡がつく
5B 柔軟性が強く、離型・撥水重視。 食品ラインや金型 硬いプラスチックスプーンで傷がつく
4B 撥水と耐摩耗のバランス。 搬送ローラー ボールペン先で引っかくと跡が残る
3B 離型性と耐薬品性両立。 治具の防食膜 鍵で擦ると明確に傷が入る
2B やや硬めの標準膜。 化学装置部材 金属クリップで引っかくと傷がつく
B 汎用・バランス膜。 一般部材のPTFE膜 コインで擦ると傷がつく
HB 基準膜。万能型。 摺動・絶縁膜 ドライバー先端で跡が残る
F 精密部品用の均一薄膜。 精密機械部品 カッターナイフで傷がつく
H 薄膜・耐摩耗性大。 摺動部保護 強く押したカッターナイフで跡がつく
2H 硬度高め。耐擦傷膜。 摩耗試験治具 ガラス棒で強く擦るとやっと傷が入る
3H 精密用硬質薄膜。 測定器具 金属針で押すと微細な傷がつく
4H 高硬度薄膜。耐傷性強。 精密治具 コンパスの針で強圧すると傷がつく
5H 摩耗試験用。 耐摩耗部材 超硬工具の先端でやっと跡がつく
6H 精密評価用硬質膜。 評価試験片 サファイア針で擦ると微小な傷
7H 工具用硬質膜。 治具・工具 ダイヤモンド以外ではほぼ傷つかない
8H 超高硬度。脆性あり。 高硬度基準材 工業用ダイヤモンドで傷がつく
9H 最硬度。耐傷基準。 表面硬度基準膜

モース硬度基準でダイヤモンドでも痕が出る領域

 


フッ素コーティングと鉛筆硬度

PTFEやPFAなどのフッ素樹脂コーティングは、優れた耐摩耗性や撥水性を持ちますが、その特性の一つとして表面硬度が求められます。鉛筆硬度試験を行うことで、膜厚や配合条件に応じた硬さを簡易に比較することができます。例えば、スライド部品や調理器具用コーティングでは H〜3H 以上の硬度が望まれる一方、粉体が付着しやすい離型用途では B系 の柔軟な皮膜が適している場合もあります。

 

フッ素樹脂コーティングとの比較

フッ素樹脂コーティングは、黒鉛鉛筆のように厚みと硬さが性能に影響する。そこで、鉛筆硬度を膜厚と機械特性になぞらえて整理した。

1. 柔らかい領域(6B〜3B)
  • 特徴:膜厚は10〜8 μm程度のイメージで柔軟性が高く、応力分散性に優れる。摩耗には弱いが、撥水性や離型性に優れる。

  • 用途例:粉体付着防止コート、金型の離型用、食品加工機の撥水膜など。

  • 比喩(傷つきやすさ):6Bなら爪で軽くなぞるだけで跡がつき、3Bなら鍵で擦ると傷が入る。これらは公式試験ではなく感覚的な例えであり、実際の硬度試験とは異なる。

2. 標準領域(2B〜F)
  • 特徴:膜厚は8〜4.5 μm前後で、柔軟性と硬さのバランスが良い。耐薬品性や撥水性が必要な一般用途に適している。

  • 用途例:化学装置部材、一般工業部品のPTFEコート、精密機械部品の均一な薄膜など。

  • 比喩:Bではコインで擦ると傷がつく程度、HBではドライバー先端で跡が残る程度、Fではカッターナイフで引っかくと傷がつく程度の硬さ。

3. 硬質領域(H〜9H)
  • 特徴:膜厚は4 μmから0.5 μm程度のイメージで非常に薄く、耐摩耗性が高い。硬く脆性が増すため応力分散性は低い。

  • 用途例:精密製図や摺動部品の絶縁膜、摩耗試験治具、工具や治具の硬質保護膜、表面硬度試験片など。

  • 比喩:Hでは強く押したカッターナイフで傷が残る程度、4Hではコンパス針で強圧すると傷がつく程度、7Hではダイヤモンド以外ではほぼ傷がつかない硬さと表現されるが、これは公式試験ではなくイメージである。

※比喩表現の注意点
「何で引っかいたら傷がつくか」という表現は、硬度の違いを直感的に説明するための便宜的な例えである。
正式な鉛筆硬度の測定は、規定の鉛筆を用いた引っかき試験(鉛筆法)で行われ、爪や金属での引っかきは規格外である。
あえてわかりやすく例えた比喩表現であることをご理解いただければと思います。あくまでご参照程度に。




試験のメリットと限界

メリット

  • 試験器材が簡便でコストも低く、短時間で評価できる。

  • 実装部品や試作片でも容易に測定可能。

  • 基準化された鉛筆を用いれば、業界内で結果の比較がしやすい。


限界

  • 判定は目視に頼るため個人差があり、微細な傷は見落とされることもある。

  • 鉛筆の硬さがわずかに変わるだけで結果が異なる可能性がある。一般の筆記用鉛筆では硬度精度が保証されていないので試験には適さない。

  • これは表面のキズ付きやすさを評価する試験であり、耐磨耗性や摩耗量など他の機械的特性を直接表すものではない。必要に応じて摩耗試験や引っ掻き硬度計による評価を併用する。

<まとめ>

鉛筆硬度試験は、フッ素コーティング塗膜の硬さを迅速に評価できる有効な方法です。6Bから9Hまでの規格化された鉛筆を使用し、定められた荷重・角度・速度で表面を引っ掻き、塗膜に傷が付かない最も硬い鉛筆の硬度を記録する ことで、さまざまな塗膜の硬さを比較することができます。フッ素樹脂コーティングの設計や評価においても、膜厚や柔軟性・耐摩耗性のバランスを考えることが重要であり、鉛筆硬度の概念はその直感的理解に役立つ。硬質薄膜が必要な場合はH〜9Hのイメージに近い薄いコーティングを、柔軟厚膜が求められる場合はB系に相当する厚膜を選択するなど、用途と求める性能に応じた硬度選びがポイントとなる。